20年後の世界、H田は毎日を同じように生きていた。彼の住む街は、一面が平坦なホログラムでできていた。人々は、前後という概念を持たない。すれ違うときは、お互いをすり抜ける。誰もが、それが当たり前だと思っていた。
ある朝、H田は通勤途中に不思議な光を見つけた。それは、街のどこにもないはずの「丸み」を持った、小さな光の玉だった。H田がそれに触れると、彼の指先が、まるでデータが消去されるかのように、光の中に吸い込まれて消えた。彼は驚き、悲鳴をあげた。だが、ホログラムでできた周囲の人々は、彼の異変に気づかない。
恐怖を感じながらも、H田は光の玉を掴んだ。すると、彼の体全体が玉の中に引き込まれていく。それは、まるで低解像度の映像が、一瞬で高解像度に変換されるような感覚だった。
次にH田が目を開けると、彼の目の前には、これまでの世界には存在しなかった「山」があった。それは平坦なホログラムではなく、触れることができ、凹凸と影を持っていた。H田は、初めて「奥行き」という感覚を味わった。
H田は、その場所に、家族の姿を見つけた。父、母、そして妹。彼らは皆、これまで見たことのない、本物の笑顔を浮かべていた。H田は家族に駆け寄り、抱きしめた。その温かさは、ホログラムの世界では決して感じることのできないものだった。
彼らはこの新しい世界で、本当の生活を始めた。山を登り、川で泳ぎ、そして何よりも、互いの温もりを感じることができた。
H田は、ホログラムの世界に残してきた人々を思い、いつか彼らもこの場所に来られることを願った。H田の世界はもう、薄っぺらではない。温かさと奥行きに満ちた、愛すべき場所になっていた。
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